違和感を感じて、オレは目を覚ました。 横たわる体の下には堅いコンクリート。眠る前から感じていた、屋上の床というか地面だ。眠るときには座った体制だったが、寝ている間に横になることもあるので不自然な体勢ではない。しかし、頭の下には記憶にないなにか柔らかなものがある。それが人の足であると気づくのにそう時間はかからなかった。同時にそれが誰のものであるかが分かり、オレは体を硬直させた。 制服がブレザーである並盛中学において、目の前に見える足を包むのは真っ黒なズボン。そしてなぜかオレの体には、同じく黒い学ランが掛けられていた。 雲雀恭弥、という名前を思い浮かべた瞬間、オレはサーッと青ざめた。飛び起きようとする心とは裏腹に、しかし、体はほとんど動いてくれない。オレはだらだらと冷や汗をかいた。 どのくらいそのままの状態でいただろうか。不意にヒバリの足がぴくりと動いた。大きなあくびをする声が聞こえ、オレはあわてて目を閉じる。起きているのに動かなかったことを知られるよりは、のんきに寝こけていたと思われた方がマシだ。 起きていることを悟られないように、オレはヒバリの気配を探る。のびをしたりあくびをしたりという動作を繰り返すが、ヒバリは一向に立ち上がる気配を見せない。ただ、ひとしきり体をほぐすような動きをした後、じっとオレを見つめる視線を感じた。 その視線に居心地の悪さを感じていると、さらり、と髪に触れられた。オレは息が止まるかと思った。ヒバリはオレの動揺に気づいた様子もなく、ゆっくりと梳くように髪を撫でている。その指先はとても優しく、この手でトンファーを振るうという事実が、今は信じられなかった。 「ふうん、思ったよりも柔らかい髪なんだね」 まるで針みたいな色だから、堅いのかと思ってた。 ヒバリは笑みを含んだような声音でそう言った。それはからかうような感じではなく、むしろ純粋に驚いている、あるいは喜んでいるように感じられて、オレは今度こそ飛び起きようとした。 しかし、オレがそれを行動に移す前に、ブツ、という音とともに校内放送のスイッチが入った。 「委員長、お知らせしたいことがありますので、至急応接室にお戻りください」 それは風紀副委員長の草壁の声だった。オレは起きあがるタイミングを逃して、結局横になったまま、2度繰り返された放送を最後まで聞いた。 ヒバリは放送が入ると同時に止めていた手を、再び動かした。ゆっくりと持ち上げたオレの頭をそっとコンクリートの上に下ろす。オレにかけた学ランはそのままにして、ヒバリは無言で立ち上がり、屋上を後にした。 十分に我慢をして、ヒバリの気配が完全に消えたことを確認したオレは、呪縛が解けたように跳ね起きた。学ランが勢いのまま肩から滑り落ちる。 オレは自分の髪に触れた。先ほどまでヒバリが触れていたそれは、触り慣れた自分の髪で、特に柔らかいとも思わない。オレはなんとも言えない恥ずかしさを感じて、頬を赤らめた。 屋上を吹き抜ける一陣の風がオレの頬を撫でたが、そんな風ではこの熱はとても冷めそうにない。 (おわり) 2008.6.15 |
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