「誕生日おめでとう」 そんなことばとともに差し出されたのは,薄い緑色の包装紙で包まれた四角い箱。大きさは手のひらにのる程度で,ヒバリの右手から俺の左手へと渡される。 ヒバリと迎える初めての俺の誕生日だった。去年はごたごたが続いて,結局俺の誕生日は廃墟にいる間に終わってしまったから。 「開けていいか?」 「もう君のものだよ」 どきどきしながら包装紙をめくって,現れた白い箱を開けると,中にはシンプルなマグカップがエアクッションに包まれて入っていた。真っ白なカップには真っ赤な文字で「H」という文字だけが書かれている。 「この間,僕の不注意でキミのカップを割ってしまったからね。お詫びもかねて」 ヒバリは少し申し訳なさそうな笑みを浮かべてそう言った。 ヒバリが言っているのは,2週間ほど前に割ったカップのことだ。ヒバリはお詫びにと言ってくれたが,実際にはたいした品物でもなかった。日本での1人暮らしが決まったときに,近所の量販店で買ったものだ。使えればいいと思って買ったもので,値段も覚えていない。 だが俺にとっては些細なことでも,それをヒバリが気にしてくれたことは嬉しい。俺は小さな声で「サンキュ」とつぶやいた。 「気に入った? 見つけたとき,絶対に獄寺にあげたいと思ったんだ」 「H…隼人?」 「そう」 それに,とヒバリは続ける。 「ヒバリのHでもあるよ」 「え?」 俺はまじまじと見ていたカップから目を離して,ヒバリを見た。 「二人とも使えると思ったら,とても気に入ってしまってね」 ヒバリはとても柔らかな表情で俺を見ている。普段のとげとげしさも,あらあらしさも,今のヒバリには見つけることができない。 「大事にしてね」 「……おう」 両手でカップを包んで,さっそくお茶でも入れようと立ち上がろうとしたとき,ぱたぱたと軽い羽音が聞こえてきた。視線をあげると,細く開いた窓の隙間から,ヒバリの飼い鳥が飛び込んで来たことに気づく。 ヒバードは中腰の状態で止まっている俺の頭上を何度か旋回した後,何を思ったか急降下してきた。そしていつもの定位置であるヒバリの頭上でも,最近気に入っているの俺の肩でもなく,真っ白いカップの中にすっぽりと入ってその羽をたたんだ。 「ちょっと……」 ヒバリの怒ったような声が聞こえる。しかし,飼い主の怒りなど気にした様子もなく,ヒバードはカップの中で機嫌良くさえずっている。 「ヒバード……あ,そっか。おまえもHだもんな」 仲間になりてーよな。俺がそのことに気づくと,ヒバードはその通りだと言わんばかりに一際高く鳴いた。 「んー、まいっか。今日はおまえに貸してやるよ。でも、明日は俺これでカフェオレ飲むからな」 そう宣言して俺はカップをテーブルの上に置く。そして,ピィピィと声を上げるヒバードをつつきながら,明日からのティータイムに思いをはせた。 俺の視界の外で不愉快そうに顔をしかめるヒバリには気づかずに。 (おわり) 2009.09.08 2009.11.10 イラスト追加 |
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