――今度の月曜日、絶対に空けとけよ! それだけ言って、彼からの電話はぶつりと切れた。ゴールデンウィークに入る前日のことだ。 世の会社員が5連休だ6連休だと騒いではいても、学生である自分たちの休みはカレンダー通りでしかない。翌日からの休みに向けて浮き足立つ草食動物の群れを咬み殺している最中に、彼からの着信はあったようだ。 留守電に吹き込まれていた彼からの言葉はそれだけ。しかし、カレンダーを思い浮かべた僕は、彼のしたいことが何となく分かって、小さく微笑んだ。 あれから2日が経ったが、獄寺隼人からの連絡は一切なかった。呼ばれたわけではなかったけれど、月曜日の昼前、僕は獄寺のマンションの前に立っていた。今日は5月5日こどもの日、学校の休日のついでに覚えてしまっている僕の誕生日だ。獄寺が留守電に残してまで予定を開けろと言ってきたからには、何かしてくれるのではと期待するのは、恋人として当たり前ではないだろうか。 部屋の前に着いた僕はインターホンを鳴らす。しばらく待ったが、部屋の扉が開く気配はない。留守であるわけではない。気配を殺しているつもりのようだが、獄寺はこの扉のすぐ向こうにいる。奥に立ち去るでも鍵を開けるでもなく、その場でじっと立っている。どういうつもりかは知らないが、彼からドアを開けてくれるつもりはないようだ。 僕はポケットに手を入れた。鞄を持ち歩く習慣のない僕は、鍵や財布はすべてポケットの中だ。いつだったかもらった獄寺の家の合い鍵をホルダーで止めた他の鍵ごと取り出して、鍵穴に入れようとした。その瞬間、鍵をまとめていたホルダーが外れた。さまざまな形をした数本の鍵は廊下に落ち、不愉快な金属音を立てる。僕は鍵を1本だけ持ったまま、眉をひそめた。 僕が鍵をまとめるのに使っていたのは、よく単語帳を作るときに用いられる金属の輪だった。自宅、バイク、応接室、そして獄寺の家の鍵。それほどたくさんの鍵をつけていたわけではなかったが、キーホルダーにするには簡易すぎたのだろう。 僕はしゃがみ込むとすべての鍵を拾い集めた。キーホルダーをどうするかは後で考えるとして、今使う鍵以外をポケットに押し込む。 鍵穴に鍵を刺して、くるりと回す。がちゃんと音を立てて鍵が開いたことを確認して、僕はポケットの中に鍵を戻した。ノブを回してドアを引いたとき。 ――パンッ! 大きな音が鼓膜を刺激した。とっさに仕込んであるトンファーを構える。しかし、そんな僕の前で悪戯っぽく笑うのは、たった今鳴らしたクラッカーを持った獄寺だった。ひらひらとした紙テープが僕の頭に落ちてくる。 「誕生日、おめでとう」 クラッカーを持った腕を下ろして、獄寺は柔らかく笑った。僕は構えていたトンファーをしまい込んで、とっさの行動をごまかすように咳払いした。 「驚かさないでくれる。それとクラッカーは人に向けて発射しちゃいけないって書いてなかった?」 「おまえに向けてねーよ。ちゃんと上に向けたし」 獄寺はそっぽを向いてそんなことを言った。確かにクラッカー自体は上に向いていた。とはいえ大きな音が目の前ですることに代わりはない。僕は獄寺の額を軽くこづいた。 「とにかく早く入れよ、ヒバリ」 獄寺は靴を脱ごうとする僕の腕をもどかしそうに引っ張った。 「ちょっと、靴ぐらい脱がさせてくれない」 僕は脱いだ靴をきちんと並べて、腕を引く獄寺の後に続いた。 「はい、座って」 獄寺は僕の肩を押さえて、ソファに座らせた。彼はいつものように隣に座るのではなく、目の前の床に腰を下ろした。そしておもむろに自分の背中に手を回すと、小さな手提げ袋を僕の目の前に差し出した。 「誕生日、おめでとう」 獄寺はその袋とともに、2回目になる祝いの言葉を僕にくれた。 「……ありがとう」 僕は黒いその手提げ袋を受け取った。目で開けていいか問うと、獄寺はこくりと頷いた。僕はラッピングされた小さな箱を取り出して、丁寧に包装をといていく。開いた箱の中に入っていたのは、黒い皮のキーケースだった。スナップの部分にシルバーの小さなドクロがついているそれは、とてもシンプルで使いやすそうだ。開いてみると、中には4本の鍵がつけられるようになっている。 「前からちゃちな輪っかに鍵つけてただろ。せっかくやった鍵なんだから、もっと大事にしろよな」 赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いて、獄寺はそんな事を言う。その姿があまりに可愛くて、僕は思わず彼を抱きしめてしまった。 「ありがとう。大事にするよ」 耳元で囁いた僕に対して、獄寺はいつものように「おう」と答えながら、背中に手を回してくれた。 そのとき、ふと獄寺のズボンのポケットからはみ出ているものが目に入った。素早く手を伸ばすと、獄寺に制止されるより先にそれを手中に収める。 「ちょ、おま……返せよ!」 「ふぅん」 それは赤い皮のキーケースだった。スナップ部分にドクロのついた、まさに今僕がもらったものの色違いだ。 「おそろい、なんだ」 僕が声に出して言うと、獄寺は恥ずかしそうに唇をかみしめた。 「いいだろ! オレがいいと思うものをおまえにやりたかったんだよ!」 獄寺はそう言いながら僕の手からキーケースをひったくった。 「悪いとは言ってない。嬉しいよ、獄寺」 「……壊れるまで使えよ」 「壊さないよ」 僕は上目遣いに見上げる獄寺に向かって、自分でも驚くくらい優しく笑いかける。 この日を境に、僕と獄寺のキーケースには2種類ずつ同じ鍵がつけられた。 (おわり) 2008.5.5 |
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