歯が痛くて歯医者に行ったら、「虫歯ですね」とさらりと言われた。

虫歯になるのなんて、何年ぶりだろう。オレは治療された歯を舌先でなぞる。数回かかった治療も今回ようやく終わった。あの歯を削るときの音は、何度聞いても生理的に嫌いだ。
治療をしたばかりなので、このあとしばらくは食事をすることができない。うっかり寝坊をしてしまったため、今日は一度も食事をしていないが、寝てれば数時間などあっという間だ。
空腹を紛らわすためにはさっさと寝るに限ると思いながら家の玄関を開けると、正面にあるソファにヒバリが当たり前のように座っていた。
「やあ、どこに行ってたんだい?」
「……歯医者」
一瞬動きを止めてしまったが、ヒバリの不法侵入はいつものことだ。オレは靴を脱ぎながら憮然とした態度で答える。
「へえ、それは残念だね。せっかく今日はおみやげがあるのに」
そう言ってヒバリが掲げたのは、近所にあるケーキ屋の箱だった。オレは思わず目を見開いた。これまでヒバリが家に来るときに、嗜好品を持って現れたことなど皆無だ。オレはヒバリの偽物なんじゃないかと、まじまじとヤツの顔を見つめた。
「全品200円のセールをしていたんだ。何となく買ってみたんだけど」
大きさからして5個は入っている。オレは特にケーキが好きなわけではないが、毛嫌いするほどでもない。しかも今は空腹で、どんな甘いものでも食べられそうだ。
「タイミング悪……」
オレは小さくこぼすと、ヒバリの隣に腰を下ろした。
「僕は食べるけど、君は?」
「無理に決まってんだろ」
オレはタバコに火をつけようとした。しかし、隣からカチャという音が聞こえて、オレは渋々タバコを箱に戻した。
満足したようにトンファーをしまったヒバリは、箱からシュークリームを取り出した。ヒバリも特別甘いものが好きなわけではない。今わざわざ食べているのは、明らかにオレに対する嫌がらせだ。
オレはソファから立ち上がると、ベッドのシーツを乱暴に引きはがした。
寝てやる。寝て起きたら、多分ケーキは食べられるはずだ。
それまでケーキが残っているなら、と思いながらオレはまぶたを閉じた。

(おわり)

2008.1.27